観光協会が定めた合戦の日
関ケ原合戦の日は、岐阜県不破郡関ケ原町に事務局を置く一般社団法人関ケ原観光協会が制定した記念日です。日本記念日協会の認定も受けています。
制定の目的は二つあります。一つは、関ケ原合戦が行われた日を広く世間に知ってもらうこと。もう一つは、この歴史的な転換の日を関ケ原の地域資源と位置づけ、地域の活性化につなげることです。
日付は、合戦が始まった慶長5年9月15日にちなみます。西暦に直すと1600年10月21日ですが、記念日には当時の暦の日付が使われています。
天下分け目の関ケ原の戦い
関ケ原の戦いは、安土桃山時代に起きた大規模な合戦で、武将たちが東軍と西軍に分かれて戦いました。その勝敗がのちの日本の行く末を決めたことから、「天下分け目の戦い」と呼ばれています。
西軍の中心人物としてよく知られているのが石田三成です。日本記念日協会の説明には、関ケ原の決戦地、笹尾山にある石田三成の陣跡、馬防柵と武将・足軽の写真が添えられています。合戦の舞台となったこの土地には、いまも当時をしのべる場所が残っています。
関ケ原の古戦場を地図でたどる
この日は、関ケ原の戦いで両軍がどこに陣を置いたのか、地図で確かめてみてください。現地を訪ねる予定があるなら、制定者の公式サイトで見学できる場所を調べて、決戦地や笹尾山を巡る道順を決めておきましょう。