藩医の感謝から生まれた時計台
いずし時の記念日は、兵庫県豊岡市出石町に事務局を置くNPO法人但馬國出石観光協会が制定しました。日本記念日協会の認定を受けています。
町のシンボル「辰鼓楼(しんころう)」は、もともと1871年に、太鼓で時を告げる太鼓櫓として建てられました。日本記念日協会の説明によると、時計台になったきっかけは藩医の池口忠恕(いけぐちちゅうじょ)です。忠恕が大病を患ったとき、多くの町民が快癒を願って願掛けをしました。回復した忠恕は、療養中に受けた心の支えへの感謝を形にしたいと考え、1881年、辰鼓楼に機械式の大時計を寄贈しました。
日付は、辰鼓楼の初号機が動き出した1881年9月8日にちなみます。こうしたエピソードとあわせて、「但馬の小京都」と呼ばれる出石に時計台があることを、より多くの人に知ってもらうのが目的です。
太鼓櫓と機械式時計
太鼓櫓は、太鼓を打ち鳴らして人々に時刻を知らせるための建物です。時計が身近でなかった時代には、こうした音による知らせが町の暮らしを支えていました。
機械式時計は、ぜんまいやおもりの力を歯車に伝え、一定の速さで針を動かす時計です。電気を使わずに動き、手入れを重ねながら時を刻みます。太鼓の音から文字盤へ。辰鼓楼は、時の知らせ方の移り変わりを一つの建物で伝えています。
辰鼓楼の時計を見に、出石へ
出石を訪れる機会があれば、辰鼓楼の前で足を止めてみてください。文字盤を見上げ、町の人々の願いと藩医の感謝から始まった時計の由来を思い浮かべながら、しばらく針の動きを眺めてみるのがおすすめです。