由来
咸宜園の日は、大分県日田市が制定した記念日で、日本記念日協会の認定を受けています。
咸宜園は、江戸時代後期に儒学者の廣瀬淡窓が開いた私塾です。淡窓は豊後国日田郡、いまの大分県日田市の生まれです。日本記念日協会の説明によると、咸宜園は日本最大規模の私塾とされています。この塾をより多くの人に知ってもらうことが、記念日の目的です。
日付は、咸宜園が開かれたのが旧暦の1817年(文化14年)2月23日であったことにちなんでいます。
身分を問わず学べた私塾
私塾とは、学者などが個人で開いた学びの場のこと。江戸時代には、藩が運営する藩校とは別に、各地にさまざまな私塾がありました。
咸宜園が掲げていたのは、年齢や学歴、身分を問わず、すべての門下生を平等に教育するという理念です。身分による区別がはっきりしていた当時、誰もが同じ条件で学べる場をうたったところに、この塾の特徴があります。
日本記念日協会の説明では、咸宜園はほかの3つの学校とともに「近世日本の教育遺産群」として、ユネスコの世界文化遺産への登録を目指しているとされています。その3校は、茨城県水戸市の藩校「弘道館」、栃木県足利市の「足利学校」、岡山県備前市の「閑谷学校」です。個人が開いた私塾と藩校が、同じ枠組みに並んでいるのも興味深いところです。
日田市の情報で咸宜園の歩みを知る
この日は、日田市の公式サイトなどで、咸宜園の歴史や関連する取り組みを調べてみるのも一案です。近くの図書館で、江戸時代の教育や私塾について書かれた本を一冊手に取ってみることもできます。